屋形船はもともと豪商や大名が行った船遊び。屋形船でもんじゃ焼きやしゃぶしゃぶ、天ぷらに舌包み舌つつみみを打つ、花見や花火を楽しみながら隅田川を下ったり、東京湾へ納涼に出たりさまざまな楽しみがあります。

屋形船でもんじゃ焼きはいつから?

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屋形船とは…「屋形を設けた船。2階屋形もある。多くは、川や海辺での遊覧用。=大辞泉」とあります。
屋形船で思い浮かぶこと…花火、花見、隅田川、お台場、もんじゃ焼き、天ぷら、宴会、納涼…そんな感じでしょうか。
一時期、河川の水質汚染などでちょっと下火になっていた時期がありますが、近年、水もだいぶきれいになり、再びブーム、というかすでに定番のアトラクションになった感があります。
屋形船がテレビなどでさかんに紹介され、いわゆる「ブーム」的な流行の様相を呈したのは、1980年代後半、いわゆるバブルの時代でした。
納涼船とか、花火船、花見船、などと呼ばれていたのが、デートや社員パーティ、結婚式の披露宴、などでも使われるようになり、一気に一般化しました。
金あまりの時代といわれ、繁華街でタクシーがなかなかつかまらない時代でしたが、人々の享楽はどんどん「特別なもの」に惹かれていき、屋形船はそのひとつのポイントでした。
それというのも、「屋形船」=「船遊び」には、どこかお大尽というか、お金持ちの道楽的な響きがあり、「水上で飲食するという非日常性」だけでなく、どこかしら「贅沢をしている」というプライドをくすぐる部分があったわけです。
もともと、屋形船の由来は、江戸時代の豪商や大名などが装飾をこらした屋形船で隅田川などを遊ぶ、というものです。
江戸時代の最盛期には船に絵画ばかりか金や銀などの飾りもしつらえ、あまりのエスカレートぶりに幕府から禁止令がでたこともあるそうです。
そんな由来やうんちくを語りながら船のうえでお酒をくみかわす…ちょっとリッチな感覚にとらわれること請け合いなわけです。
一方、もんじゃ焼きは月島、あるいは浅草付近が発祥の地といわれますが、もんじゃ焼きの記述があるのは明治以降。
江戸時代は「文字焼き」と呼ばれた似たものがあったらしいですが、もんじゃ焼きはまだない…。
つまり、屋形船は江戸時代すでにあったけれど、もんじゃ焼きはない。屋形船でもんじゃ焼きというスタイルは、どうやら最近になってからのようです。

東京屋形船あみ貞(てい)が人気

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「もんじゃ焼きを屋形船で」、というならば迷わず月島ですが、もんじゃ焼きにこだわらずに屋形船を楽しみたいのならば、もっとも有名なところがお台場のあみ貞(てい)でしょうか。
このあみ貞(てい)では、江戸前のすし職人が屋形船の中で握る江戸前寿司コースとか、特選和牛しゃぶしゃぶコースなど、シーズンによってかなりデリシャスなコースがあります。
飲み物も缶ビールのみ、とかいうのではなく、プレミアムエビス、シャンパンやワイン、大吟醸酒、最上級梅酒などを取りそろえており、ちょっとしたレストランにもひけを取らないほど。
カラオケやコンパニオンの手配もでき、投網漁の実演も見られたり、乗船時間が短く感じられると思います。
また、東京都内各所から無料バスも出ているので、アクセスも楽々。
いちばん人気、というのも納得の内容だと思われます。